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2009年3月

#98 プロの心得

五反田エリアの花見スポットの開花状況がイマイチなことにご立腹の五反田整体院 院長の成木海次郎です。

さて今回は、ベタにテレビ観賞の感想話。

個人的に好きで、別の仕事・業種で成功されている方の話の本やテレビ番組は日頃意識して観たり読んだりしているようにしている。

NHKさんの『プロフェッショナル』やテレビ東京の『カンブリア宮殿』などがそれにあたるのだが。

その日は、たまたま観たのだが日本テレビさんで放送しています

『未来創造堂』という番組。

まあ番組の趣旨などはリンク先でも観てくれればよいのだが、その回で紹介されていた方が杉田芳男さんという方なのだが、

これもまあ番組サイトに詳細が載っているのでそちらを観てもらえばいいのだが、ざっくり説明すると・・・

その方は抹茶を栽培されている老舗の4代目の方なのだが、この杉田さんの並々ならぬ努力により、それまで飲むことしかできなかった抹茶が、今のようにお菓子にも使用され食べれるようになったそうな。

(抹茶は石臼で挽くのだが、そうすると抹茶の粒子がおよそ百分の1ミリほどになり空気中の雑菌がすぐに付着してしまうらしい。そこにお湯をかければ高温で雑菌は問題ないのだが、だからこそ食べられないのだそうだ)

で、なぜそもそもその杉田4代目が抹茶を食べれるようにしたいと考えたかと言うと、

実は以前から、かき氷やらアイスクリームに抹茶味は存在していたのだが、それはすべて合成の味で本物の抹茶は使われていなかったそうだ。

まあ個人的には、かき氷なんてメロンやイチゴ、果ては“ブルーハワイ”なんてもうハワイでもなんでもない代物が存在する世界だから、今さら抹茶が抹茶じゃねぇぐらい正直なんとも思わなかったのだが、

この杉田さん、さすが老舗だけあって先代から言われ続けていたコトバに素直に従い本物を追求し始めたのだ。

そのコトバとは・・・

『プロがアマチュアをだましてはいけない』

本当に久しぶりにしびれた一言であった。

そうなのだ、“本当の抹茶の味を知らない人だから適当に合成の抹茶の味でいいでしょう”ではダメなのだ。

知らないからこそ本物の味を知ってもらう・・・それこそがプロの仕事なはず。

この一言は本当にドキッとさせられた。

このカイロ・整体の業界の人にもぜひ心に留めて欲しいコトバだ。

『プロがアマチュアをだましてはいけない』

私のコトバではもちろんないが、やはり本物の仕事人のコトバは違う。

ぜひ、このコラムをお読みの同業者の方々(最近、同業者向けの意見が多いが・・・)、ぜひ自問自答していただきたい。

もちろん、私もその一人ですがね。

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#97 くしゃみをすると腰が痛いのはなぜなのか?

WBC ワールドベースボールクラシックで日本もみごと2連覇を達成。

その日その時間帯は本当に治療院の電話が一回も鳴らず、試合終了後に電話がじゃんじゃん鳴り始めたのがおもしろかった五反田整体院 院長の成木海次郎です。

さて、少しずつ季節も春の訪れを感じ、ようやく桜の花も開き掛けた今日この頃・・・

とは言え、この時期、花見どころか外にも出たくもないと感じる方は多いはず。

そう、花粉症の方だ。

別にカイロで花粉症などに立ち向かう気はさらさらない。

我々は耳鼻科の先生ではない、あくまで身体の筋肉のプロフェッショナル。

くしゃみ・鼻水はいたしかたない。

だが、この時期よく患者さんから聞くのは、

「くしゃみをすると腰が痛いです」

このセリフ。

たしかにこの時期、くしゃみを連発するかたも多く見受けられるが、同じくらいくしゃみ後に腰を押さえている方もよく目にする。

なので、これは腰痛の誤解を解きつつ、腰痛の解説をするにはすごくよいネタなので今回は、

『くしゃみをするとな腰が痛いのか?』を解説しよう。

で、そもそも、“くしゃみ”とはなんなのか・・・?

これはまあ身体の機能上、鼻の穴だの口の穴だのから入ってきた異物(これがまあ花粉やらホコリやら、ティシュを丸めた“こより”でもいいわけで)を体外におもいっきり吐き出す機能なわけで。

これをするのには実は皆さんが思っている以上にものすごい力が必要になってくるのだ。

基本、人間の身体において“力”とはこれすなわち“筋肉 筋力”になるわけで。

とくに、くしゃみクラスのものすごいエネルギーを生み出す場合、おのずと一番強い人間の筋肉の中でもトップクラスの筋力を持っているサイズも最大な“太ももの筋肉”の出番となるわけだ。

だが、これあくまで筋肉がフラットな状態(あまり緊張しておらず硬くなっていない状態)から瞬間的に収縮することで生み出されるのだが、

その時に全然筋肉を動かしておらず固まった状態からスタートしてしまうと結果的に筋肉同士が引っ張り合う状態になってしまうのだ。

ざっくり言えば、筋肉が硬い状態でのくしゃみの瞬間、下半身の筋肉(太ももの筋肉)と、上半身(胸の筋肉 大胸筋)のものすごい引っ張りが起きているのだ。

わかりやすく言えばまあ“綱引き状態”なわけで。

その“綱引き”の勝ち負けを決める時のリボンとかついている様な部分が身体で言えば“腰近辺”になるわけだ。

だから皆さん、本能的にせめて最強な足の筋肉の引っ張る力を軽減するために自然とすこし膝を曲げてくしゃみに備えているはずだ。

まさに膝のバネ、太ももの筋肉でショック吸収を試みるわけだが時すでに遅し・・・

とにもかくにも、何が言いたいかといえば、

腰痛はあくまで筋肉の引っ張りあいであり、どこをどう考えても椎間板とか関係ないということ。

いまだに椎間板と腰痛を関連付けたい同業者がいたとしたら、

ぜひとも2週間近く寝たきり状態で過ごし足の筋肉を衰えて固めてからスペースシャトルで宇宙空間に行っていただきたい。

その椎間板に圧がひとつもかかるはずのない無重力状態でぜひ地球から用意持参した“こより”を使っていただきたい。

するとその腰に予想外の痛みを感じられるはずだ。

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#96 筋肉痛の計算式

今日も今日とて、さまざまな身体の痛みや悩みを訴えて来院する方は多い。

どうも、こんにちは。最近は花粉症を恐れてあまり外出せず職場にひきももりがちな五反田整体院 院長の成木海次郎です。

「三寒四温」とはよく言ったもので、これから暖かくなる春の足音がちらほらと聞こえてきそうなこの時期、

割と“運動冬眠”をしていた方々が動き始める。

『一ヶ月ぶりに走りましたよ~』など、来院されている患者さんからもよくそんな話を聞く時期だ。

皆、冬着で覆われていた身体を春にさらけ出すのは忍びないらしい。良い心がけだ。

その中でよく聞かれる質問が、

『筋肉痛が翌日に出るのはまだ若い証拠なんですよね?』

という話。

ということで今日のテーマは“筋肉痛”

むしろ“筋肉痛の計算式”をお教えしたい。

結論から言ってしまえば、

『翌日に筋肉痛が出る=若い』

という図式は間違っているというよりは、ちょっと雑な言い方です、と言うほうが的確かもしれない。

要は筋肉痛というものは、

“これだけの運動量をした”ので“これだけの筋肉痛が数日後にでる”

というような単純な図式ではない。

問題なのは、スタートの段階の

つまりは、“どういう状態の筋肉”に対して

“どのぐらいの運動刺激が入ってきたか”によって決まってくるのだ・・・

うーむ、自分で書いてて、伝わりづらいですね・・・

要は、運動の内容や量よりも、

“どんな筋肉状態に運動刺激を入れるか?”

という事の方がその運動後の筋肉痛自体の痛みの感じに影響してくるのだ。

事実、ご高齢の方でも日々身体を鍛えている方は数多くいらっしゃるし、逆に最近の20代~30代の方の筋肉は残念極まりない人が多い。

若いだ年輩だなと、わかりやすそうな点だけで比較しては本質は見えてきません。

“現状の確認” スタート地点の確認をきちんとすれば筋肉痛の度合やいつ頃でるかという答えはすでに計算できるはずなのだ。

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#95 体調は “フツー” です。

最近、更新にマメさが感じられる今日この頃・・・

皆様、この不安定な陽気をいかがお過ごしでしょうか?

どうもこんにちは、五反田整体院 院長の成木海次郎です。

基本的に私の仕事はカイロプラクティックであり、当院にいらっしゃる方の多くが腰痛やら肩コリやらと何かと身体の不調を訴えて来る場合が多い。

必然的に、挨拶代わりと言ったら変だがよくこちらから

『調子はいかがですか?』

と患者さんに尋ねるのは日常の光景なのだが・・・

その返答に対して一番多いのが

『普通です』

という答え。

これ、ご同業の方ならよく耳にするでしょう。“普通です”という言葉。

時には、

『昨日まで身体の調子、全然普通だったんですけど、今朝起きたら急に背中が痛くなったんですよ・・・』

なんていう言われ方もする。

当然、患者さんの方にすれば理解できない状況になる。

ぶつけてもいなければ、ケガもしていないのに、昨日までまったくもって普通だった自分の身体に痛みがでているのだ。それは怖くなって当然である。

輪をかけて、その言葉をそのままの形で理解しようとしたらこれまたこちら側もどんどんよくわからない事になってしまう。

しかし先日、自分自身の中で突然“あぁなるほど”という出来事が起きた。

まあ、大した話ではないのだが・・・

私自身先ほどの台詞、

『昨日まで身体の調子、全然フツーだったんですけど、今朝起きたら急に背中が痛くなったんですよ・・・』

のフツーというのを、ノーマルという意味の“普通”という風に勝手に解釈してしまっていたのだが、それは違ったのだ。

そのフツーの変換は、“普通”ではなく、音信不通の“不通”だったのだ。

“通じておらず・・・”ようはアクセスしてません、ということだ。

そうすると先ほどの台詞のつじつまが合ってくる。

『昨日まで身体の調子、全然不通だったんですけど、今朝起きたら急に背中が痛くなったんですよ・・・』

あぁ、なるほど・・・

今朝、ようやく自分の身体にアクセスして確かめたのね・・・

ダイヤルアップ時代のメール確認と同じ感覚ね。

ということで、院長からのちょとした助言です。

自分の発言も含め、今後人が口にする“フツー”という言葉をぜひ、

“普通”ではなく

“不通”と思って聞いてみてもらいたい。

アクセスできず、みえなくなっている様がみえてくるはずだ・・・

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#94 インストール

ちなみに産まれた子供はもうすでに8ヶ月になっております。

ま、今は風邪をひいておりますがね・・・

どうも、こんにちは。五反田整体院 院長 成木海次郎です。

今回はちょっと骨盤から離れてちょっと脳の話。

ま、ストレートな脳ミソの話と言いますか、

先日あるメールが届いた時にうちの治療院のPCにはそのメールを開く為のソフトがインストールされておらず読めないという状況になった。

まあ、メール自体は別のファイル形式で再送してもらったので別段問題ではなかったのだが。

この時、人間の性格や行動パターンなどもすべてこのPCのインストールと同じ感覚なのだろうとふと思った。

どんなに一般的だろうが普及しているだろうが、とにかくインストールされていないと動かない。というより動けないのだ。

それこそ、日本的に言うところの躾(しつけ)などはもう典型的なインストールですね。

実際問題、その送られてきたメールも、送信者側は確実に伝えたい内容を発信しているはずなのに、それを開き理解するソフトがインストールされていない側からするとまったくもって“なんのことやら状態”となる。

では、だらかといってなんでもかんでも新しくインストールすればいろんなことができるようになるか?と言えばこれもまた皆さん各自が所持しているPCを考えればわかると思いますが、

ただ新しい情報やソフトだけインストールしても、どのソフトをメインで使用するかをきちんろ設定しなければならないし、

もっとシンプルな事を言えば、そのPCのメモリーの容量がよけいなどうでもいい情報だらけで一杯になっていたら新しいソフトなどインストールされることなどできないはずだ。

もちろんPC自体の動きも遅いし重いし、負担ばかりかかるがそれでも仕事で使わなければならないから決定的に故障していなければ使い続けてしまう・・・

あれ、なんだか身体の話と同じになってきた・・・

今の世の中、情報は溢れかえっています。もう新しいソフトだらけ。バージョン細かく出すぎです。

ただ、大切なのはインストールするための自分の容量を確保するための確認です。

ということで、まずは運動しろとは言いません。この駄文を観てしまっているPC内部の余計なデータ整理から始めてみてはどうだろうか?

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#93 出産時の女性の骨盤に実際に起きていることとは・・・

どうも、ようやくコラム執筆も本格始動の五反田整体院 院長の成木海次郎です。

前回、前々回の体験記分はこれを書きたかったからと言っても過言ではない。

それぐらい“妊娠” “出産” というものには誤解や迷信のオンパレードであることがわかった。

たしかに、人間というのは本能的に“知らない” “わからない”ということに対して恐怖心をいだく。

それは自分自身でもそうであった。しかし“百聞は一見にしかず”とはよく言ったもの。

体感してみると、その恐怖心はやわらぐ。

そうして見えてきたのが、私がカイロプラクティックという仕事に携わっていてよく患者さんから言われて耳にするフレーズ、

『出産後、骨盤が開いたままなんですけど矯正してください』

出産を経験している人も、していない人もなんとなく聞いたことがあり、またありそうな感じのフレーズだと思われる。

人間、とにかくこの“ありそうな感じ”というものに弱いのだが、それは今回はさておき、

今回のテーマは単純なる出産時の骨盤に起きている状況を説明したい。

まず、簡潔に“イエス”か“ノー”で答えるとして、

『骨盤は開きますか?』

と聞かれた場合、その答えは・・・

『イエス』 となります。

“じゃあ、やっぱり私の骨盤は開いているままなのね”

と、行きがちになるのだが、ここで補足をしたい。

あくまで瞬間的かつ特殊な条件が成立している時のみにです、と。

出産体験した方も、思い出していただけるとありがたいが、産婦人科さんでの検診などで

出産のメカニズムを教えていただいているとは思いますが、

(ただまあ実際問題、本当に産む時にそんなことを思い出し考える余裕がないぐらい大変だったりするから忘れてしまうのは私も目の当たりにしましたが・・・)

そもそも、普通分娩の場合、胎児が下まで降りてきて、子宮口が開ききって、かつ多少お医者さんの方で子宮口は切って少し広げるなどして準備万端となる。

ただここで、イメージの問題だが、どうやっても胎児とは言え赤ちゃんのサイズと、骨盤の形を想像してみたときに、明らかに通過できない寸法な気がすると思いますが、

それはホントにその通りです。

胎児の方も、頭蓋骨(あたまの骨)がくっついていない状態で出てくるなど、赤ちゃんは赤ちゃんでお母さんに気を使っているがそれでもやはり無理がある。

ちなみに余談だが、うちの子は本当に産まれて世に出た直後は頭蓋骨の形がニワトリの卵の形のようにとんがって出てきて爆笑したおぼえがある。

で、ここでなのだ。

どんなに胎児の頭がタマゴ型でもさすがにまんまの骨盤サイズでは通過は困難。しかし完璧なる人間のカラダのプログラムはすばらしいもので、

ここである特殊なプログラムが作動するのだ。専門的な名前等はややこしいから省くが

ようはこの状況にきて脳から特殊なホルモンの分泌命令が下ると、3つの骨が合体して構成されている骨盤(この骨盤の構造の話はまた次回以降で・・・)のロックが一時的に解除されるのだ。

その状況の時に、同時にお母さんがそれこそ死ぬ思いで残りの体力を振り絞って力むことによって胎児は通過が可能となるのだ。

そして、無事赤ちゃんも世に出て、胎盤なども全部出してしまうと、その特殊プログラムの作動は終了し、通常のロックがかかる。

これが先にも述べた、

“瞬間的かつ特殊な条件が成立している時”なのだ。

なのでもうひとつ簡潔に“イエス”か“ノー”で答えるとすると

“出産後に骨盤が開いたまま”ということがあるかないかと言えば

それはもう間違いなく、“ノー”です。

追記

ちなみに私自身立会い出産の時も、検診に付き添ったときなども、とにかく会った産婦人科の先生や助産士さんに片っ端から

『産後に骨盤が開いたままになることがありますなんて患者さんに言いますか?』

と聞いてみたところ、これまた答えは、“ノー”でした。

そりゃそうだ、出産プロはあなた方ですものね。

失礼いたしました・・・

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#92 五反田院長、産婦人科へ行く  その4    出産完結編

“案ずるより産むが安し・・・”

昔の人はよく言ったものです。

が、立ち会いグーパンチとなると話は別です。

前回の続きで言いますと、とにかく嫁は間隔・痛みの強さ共に激しさを増す陣痛状態で、御主人の僕はといえば、ベットの足元部分に横座りしながら嫁の肛門部分を自らの右拳で押し続けているのだ。

その行為をする前に、何度も何度も助産士さんに聞き直したのは間違いありません。

『本当に妻の肛門部分をグーで押していいのですか?

グーですよグー!!』

まあ、助産士さんの方といえば、あっさりそうですと言ってLDRを出ていってしまった。

イメージしやすくすると、カップルで自転車の二人乗りをしているときの、後部座席の彼氏の腰に手を回している女の子みたいな格好が崩れた形でグーパンチですよ。

嫁の方もさすがに人生初の陣痛の痛みは相当らしく、一切笑いナシで陣痛に耐えていた。

なもんだから余計こちらももうこのグーパンチ以外は方法はない。

時より、そう30分に一度ぐらいのペースで助産士さんが子宮口の開き具合の確認の為の触診に来てくれるのだが、たしかにとにかく自然分娩となると子宮口が開くまでは妊婦にしろ産婦人科の先生方にしろどうしようもないのだ。

そこは時間との戦い・・・それは理屈ではわかっている。

ただ、こちらにしてみると、助産士さんが触診する数分の時間以外はとにもかくにもグーパンチなのだ。

もう普段自分の院のスタッフに対して

『力で押すのではない、自分の体重をうまく使うのだ・・・』

などと言ってた自分はどこへやら・・・

もう力と気合い以外のなにものでもない、理屈もへったくれもないもんだ。

ただ、そのLDRを離れている間にもその助産士さんは、忙しそうに別の陣痛室の妊婦さんの様子を診たり、先生と打ち合わせをしたりと、まったく休んでいる様子はない。

その上、嫁のLDRに来たときには必ず笑顔を絶やさない。

なんとなく、今立ち会い出産自体が増えているのは、単純に産婦人科自体の人手不足という現実問題がある気がした。

ひと昔前のように、一人の妊婦に一人の助産士がずっとつきっきりという訳にはいかない。そばにいて励まし身体を少しでも楽にさせてあげるのは右も左も解らぬ亭主でも十分なはずだ。

そして改めて、助産士という仕事の偉大さを感じた。

そして、右腕の感覚がほぼ無くなりだし、病室のブラインドの外から朝日が洩れ始めた早朝5時過ぎ、やっと子宮口が全部開ききったようで、ようやくそのグーパンチから解放される瞬間がやってきた。

助産士さんの方からベッドを分娩台にセットし直すので、一度私は退室することになった。

この状況で以前だと廊下を歩いて移動しなければならなかった事を考えると本当にいい時代になったものだ。

そしていよいよファイナルステージの扉が開いた。

そこで目の当たりにした光景がテレビなどでもよく観る光景そのものであった。

嫁は足を開いた状態で下半身を手術用の緑のシートで覆われており、助産士さん始め、ついに登場した産婦人科の先生も例の手術着に身を包んで立っていた。

“これこれ、これだよ立ち会い出産ってのは!!

グーパンチじゃないでしょ!!

ようやく目にした待ち望んでいた光景にこちらも興奮を隠しきれなかったが、すぐに嫁の頭側への移動を命ぜられた。

ここからのシーンは本当に今思い出しても壮絶な光景であった。

あくまで個人的な感想なのだが、神秘的な感じは少なくとも私は一切感じなかった。

あるのはただ単純な“産み落とす”という行為のみ。

人間も所詮ただの動物であるのを感じられた時間でもあった。

よくわからないが、後半はもうずっと泣いていた。

悲しいとか感動とかではない、ただただシンプルに目の前の光景を自分の脳に正しくインプットするために、冷静さを保つためのアウトプットとして涙を流していた感じだ。

そしてついにその時はやってきた。

2008年6月20日午前7時34分
無事長男が誕生した。

良いも悪いもこの立ち会い出産の経験を経て、カイロプラクティックの仕事上、妊婦さんへの対応に変な先入観はなくなった。

神秘的でも幻想的でもない、完璧なる人間の身体の自然な行為のひとつでしかないのを体感できた。

しかしまあ、何ヶ月も書くのをためらっていた割には今回もまた長々とかいたものだと感じるとともに、今後は具体的な骨盤にまつわるコラムを書いていきたい。

くどいようだがブログではない、これはコラムなのだ。

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