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#82 見逃し三振

先日のありえないほどの強風の日、ふと治療院の窓から外を見ると、

信じられないことに当院の回転看板が横断歩道を渡っていました。

渡る途中で転倒し、現在治療待機中です。

どうもこんにちは、改めて五反田が小さな盆地であることを実感しました五反田整体院 院長の成木海次郎です。

さて、今回のタイトル『見逃し三振』と銘打ちましたが、別に野球の話題でもなければ院長が淡い恋に破れた等の話ではない。ちょっとした日本語の話。

先日、空き時間に当院に来院されている患者さんへの施術の反省をしている時、患者さんに対してとあるポイントを見逃していたのに気がついた。

これはまずいなと感じ、次回来院の際にはきちんと確認しなければとメモを残そうと思うと、そういえば“みのがす”の字をうっかり忘れてしまっていた自分にも気がついた。

最近、歳のせいなのか読書不足のせいなのか・・・ともかく字を思い出せない事がよく目立つ。それはそれでよくないなぁと思いつつも受付にあるパソコンで

“みのがす”と入力し変換してみる。

当たり前だがすぐに“見逃す”と変換される。実に便利でありがたいことだ。ビルゲイツ様様である。

ところがその変換された“見逃す”という字をみた時、ある疑問が同時に浮かんできた。

それは、果たして“見逃す”という行為は

“見ようとした標的が逃げていってしまったのか・・・?”

それとも、

“標的をきちんと見るべき自分自身が、その行為から逃げ出したのか・・・?”

どちらなのか、考えてみた。

前者の場合、明らかに“標的が逃げてしまったんで仕方ないでしょう”的ニュアンスが含まれる。

後者のはもう正に何が良くないのかは一目瞭然。

では、自分のした行為を思い返してみると・・・患者さんがいきなり治療院から逃げ出すはずもない。逃げたのは自分自身、後者の方でしたね。

そう考えてみると、些細な事も含めてこの“見逃す”という行動は多いように思えてきた。見るべき現実から逃げてしまう行為。

“見逃し三振”にしてもそうであろう。よくよく考えれば球が投げ込まれることなんてはなっからわかっているわけだし、打ちやすい球なんてなおさらだ。だからこそ、振らなきゃ当たるわけがない。

そうするとそれこそただの“逃げ”になってしまう。そう考えると本当に日本語というは実にうまいことできている。これまた見逃せない存在だ。

そしてこのコラムの更新も見逃さないようにしなければならないと改めて感じる院長でした。

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