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2007年3月

# 65 『 ヨガ・デトックス・クッキング 』  

さて、今回は恒例の長々駄文はほっといて、お知らせでございます。
先日、土曜日の夜、患者さん皆さん帰られて、さてこれから片付けようかとしていた時にふいに治療院のドアが開いた。
するとそこには以前来院されていたご夫婦が懐かしい姿をみせてくれた。
一目で元気いっぱいなのはすぐ見てとれた。そうすると、今回はなんと五反田当院の近くで本格的なヨガ教室を始めたとのことだった。
まあ正確に言いますと、以前からもそのヨガ教室は行っていたのだが、今までは週末の土曜日が中心であったのが、この度平日もヨガ教室を開催することになったのだ。とにかく詳しいことは実際にサイトをご覧下さい。

『YOGA WITH SYTZE』

  
ここは、ご夫婦お二人で、しかも自宅(ちなみに広いですよー)で行うものですのですごくアットホームな雰囲気で行えますので、特に初心者の方もすんなりその空気に入り込めるはずですよ。
また、ここではヨガに限らず、奥様の料理教室もあるということ。運動と美味しいもの、これは最強のタッグです。
私自身も太鼓判を押して紹介できます、このヨガ・セラピー。興味のある方はぜひサイトから直接お問い合わせ下さい。

運動は、健康への近道です。ぜひぜひ、はじめの一歩を踏み出してみてください。    

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# 64  『 腐ったミカンの方程式の方程式 』  

先日、大学時代に所属していた合氣道部の稽古に参加した翌日、信じられないほどの筋肉痛に襲われ最新型のHONDAのアシモばりの動作をしておりました。
どうもこんにちは、五反田整体院の院長、成木海次郎です。
このコラムもついに4年目に突入しようとしております・・・が執筆ペースは相変わらず。常にマイペースでいきたいと思います。
さて、今回はおなかの中の話。無論、腹の探り合いの話ではない。しかしながら、自分で振っておいてなんなんだが、“腹の探り合い”という言葉が昔からあるように、腹の中というものは本来目に見えぬもののはずであった。
ところがどっこい、今のこの有り難迷惑な便利な時代になるとレントゲンやらMRIやら超音波やらとまあ、ありとあらゆる方法で視ることが可能になってしまった。
だが、視えるようになったからといって解るようになったかといえば、それはそうとは思えない。実際のところ、今現在この五反田整体院に来院される方に非常に増えているのが内臓疾患を併発している方だ。とくに目立つのは女性の下腹部部分の内臓器の疾患だ。
もちろんそういった方々は当院にその内臓疾患の改善を目的に来院しているわけではないし、
無論、我々の方もその疾患に対して医療行為などはたらけるわけがない。
ただ気になるのが、やはり冒頭にも述べたが、視えるのと理解するのは全くの別問題。
つまり、病名や今現在の内臓の状態といった“結果的”な部分しか把握できてないのだ。
そこで今回は小学生でも理解できる“内臓とは?”について書いていきたい。

まず、“人間のおなかの中にはいったいいくつ臓器があるかな?”的なマニュアル先生の様な質問はしません。そんなことはこの際どうでもいいのです。
それよりもまず皆さんミカンを想像してください。ミカンですミカン。柑橘系のあの冬にコタツで食べるミカンですよ。
それが袋の中に入っているのを想像してください。もちろん基本的にはその袋は開く事はできません。
そしてその袋の中にはびっしりとミカンが入っています。
あ・・・、そうそうミカンと言いましたけど、よく考えたらミカンだけじゃなくいろんなサイズの柑桔系果物が入っています。ポンカンだの土佐文旦だのオレンジなど大小様々入っています。入っているといっても最初からぶつかり合って入っているわけではありません。上から木の枝に吊されているような状態で、かつ絶妙にミカン同士ギリギリぶつかり合わない状態で吊されています、それが袋に覆われているのです。
もうお解りですよね、これが基本的な内臓の状態です。
もちろん果物ですから栄養がないと腐ってしまいます。ですからきちんと木の枝についたままなのです。そこから栄養を補給します。
しかし、ある時、誰かがそのたくさんのミカンが入っているその袋の上に重たいものを置いたらどうなるか・・・?
ミカン同士はどうしてもぶつかり合います。袋の中に入っているので逃げられません。そりゃあどうしたって傷むでしょ、ミカン。
最近じゃあ、東急ハンズとかでも『バナナスタンド』なるものが売っていますがあれも正に同じ理屈。
果物、つまり生ものは圧迫にとても弱いものです。
ぶつかっている箇所が徐々に傷んでくるミカン。だがそこは枝についているミカンだけあって、ミカンもなんとか必死に栄養をとりよせ痛んだ部分を修復しようとします。
しかし、袋の重みが徐々に重くなり、その状態が変わらなければいずれミカンも限界を迎えます。
はいこれで腐ったミカンのできあがり。そうなるとあとは、袋を外から切り開いて傷んだ部分になにかしらするか、あとはもう腐った部分を切り取ってしまうしかないですよね・・・
これはもう桜中学校よろしく『内臓版 腐ったミカンの方程式』の出来上がりです。

内臓もミカンも基本的にはあんまり変わらないのです。圧力をかけられると傷み・腐ります。
ただ問題は内臓の場合、圧力をかけている正体は自分の上半身の重さです。自分で自分の内臓を傷めているのです。もう一つ付け加えると、上半身の重さですから必ず一番負荷がかかるのは、袋の一番下にあるミカン・・・
とくに女性の方、よく考えてみてください。男性より女性の方がミカンの数は多いですよね?
ですが袋の大きさはそれほど変わらないのですよ。つまり、下腹部部分の女性ならではの臓器に自然に重さが掛かるものなのです。
こう書くと『じゃあやっぱり姿勢が悪いのや猫背が原因なんですね』的な安易な解釈で終わってしまいがちになりますが、そうではなくて、動いてないからダメなんですよ。止まった状態で考えては変わらないのです。動かして、栄養を送り込んであげればミカンは傷みません。仮に傷んでも回復します。
自分のおなかの中のミカンを傷めないようにする意識、これが他人任せではない自分の身体と向き合う第一歩なんじゃないですか。
たぶん、聞こえてないでしょうけど内蔵は言ってますよ、

「オレたちは腐ったミカンじゃねぇー!!」
このネタは通じるのか・・・


追記、数年前に段ボール丸々でミカンをいただいたのですが、3ヶ月ぐらいその存在を忘れていたら、カーペットまでカビてました・・・  

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# 63  『 ストレスが原因とよく言うけれど・・・ 』 

今年の冬は、結局一度も東京では雪が降らずに終わってしまいましたが、ここまでなると暖冬というよりもむしろ“冬なし”と言った方がしっくりくるのではないかと思う今日この頃の院長の成木海次郎です。
さて、気候にも代表されるようにどうも世の中が変である。そのせいもあってか現代の世はもうストレスの宝庫らしい。
まあ冷静に考えればストレスなんてものは今も昔も変わりないハズなのだが・・・
とにかく身体にしてもメンタルにしてもとにかく人間に関わる問題にほとんどと言っていいほどなにかと絡んでいますと言われているこの“ストレス”。
病院などに行ってお医者さんに『ストレスが原因ですね・・・』と言われた経験のある人は多いであろう。むしろ、ストレスと一言も言われないことの方が逆にないのではないかと思われるぐらいだ。
しかし実際問題、『ストレスが原因ですね・・・』と言われたところでわかったようなわからないような・・・なんとなく何かを言われたが何も解決していないのがほとんどだと思う。
気のある異性に『あなたのことは嫌いじゃないけどスキにはなれない・・・』と言われるようなもの。だからどっちやねん!!みたいな気分で終わってしまうもの。
なので、今回のテーマは『 ストレスが原因とよく言うけれど、そもそもなにがどうなるのよ・・・』とおよそ小学生の社会科見学時の質問みたいな感じで進めていきたい。

とはいえ、まずは“そもそもストレスとはなんぞや”という点をしっかりとしておかなければならない。なぜならばもうすでに“ストレス”というコトバに対して皆さん一人一人違う印象イメージを持ってしまっているからだ。
“ストレス”と聞いてマイナスのイメージを抱く人もいればプラスにとる人もいる。それはもう、どういう生活をどんな環境でしてきたかで変わってしまうのでしかたがないが。
なのでまずはこの“ストレス”というコトバの意味の位置づけをあまり人間的に考えるのではなく、共通見解を持つためにも動物的に、
“ストレス”=『身の危険』ということにします。

小難しく言えば、自己の生命の危険を及ぼす要因がある状態。ひらたく言えば“殺られる”時ってことだ。
動物はその『身の危険』を感じるとどう反応するかというと・・・“外部からの攻撃から身を守る”モードが作動する。
具体的にどうするか?もうこれ単純明快『筋肉を縮めて固めて身を守る』のだ。これは何もどこか一箇所の部分ではない。きちんと全身の筋肉を縮めて固くするのだ。もちろん、その危険が去ってしまえば守る必要性がなくなるので固くする必要がなくなる。ここまでの図式はなんてことない話だが、そこには問題がいくつかある。

まず、その筋肉を固めている行動がエネルギーを使う状態だとということ。疲労する状態だということ。
次に、何をもってして危険と感じるかはなんの一貫性もない、むしろ本体側によってまったく違う。
そして最後が、筋肉に力が入るといっても一律ではないということ。ここは少し補足するがスイッチがオン・オフのような2パターンではなく危険度合により絶妙に固さ度合も変化するのだ。ちょっと解説してみると、

例えば歩いていて急に車が飛び出してきたり、いきなりナイフを持った輩に刺されそうになるといった、はっきりとしたわかりやすい危険状態であれば筋肉の反応もはっきりする。だからこそ力が入るのもはっきりと入るからこそ、気付けるのだ、その状態の変化に。しかもその危険な状態から回避したことも気づきやすいので筋肉が縮まなくていいのにも気づきやすい。よく言う、“ホッと胸をなで下ろす”という表現など正にそれなのだ。

では今度はこれがそれほどたいしたことのない危険だとどうなるのか・・・一応、危険だからこそ縮む力は入る。それこそたいしたことのない力が・・・
この辺は正比例の関係。大きく叫べば大きく響く、正に“やまびこ”がごとし。
この図式を踏まえた上で、さてここからが本題だが(前置き長いね~・・・)この危険に反応し縮んだ筋肉がどう身体に影響するか? 

これズバリ、“血液循環”を邪魔してしまうのだ。もちろんそれは本来、出血を最小限に防ぐという機能なのだが。
人間の身体は、なんだかんだ科学が発達しようが時代が変わろうが、血液循環しかないのだ。これはキッパリと言い切ってもいい。
どういう状況・状態であれ、血液循環がうまく機能せず、邪魔されている状態であれば問題が起こる。つまりは快復が遅くなるということだ。

『ストレスが原因ですね・・・』とあるが、ストレスが影響しているのは筋肉にだけ。それだけのこと。
その後で、その筋肉が血液循環を邪魔している。これまたそれだけのこと。
またそのあとで、血液循環がよくないからトラブルがおきる。ただそれだけのこと、です。

本当にただそれだけのことなのですよ、人間の身体というものはね・・・

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