# 59 『ひとそれぞれ』
どうも、先日ついにノロウイルスにかかったのかと思っていたら、ただの呑みすぎだったことに気付いてある意味落ち込んだ
大川カイロプラクティックセンター院長の成木海次郎です。はい。
さて、そのせいというわけでもないが、師走のこの時期は何かと“忘年会”なるものの存在のせいでいろんなお酒の席にお呼ばれする機会が多くなる。仕事柄、いろんな人に出会っていくのに比例するかのようにその席の数も増えていく。
まあうれしい悲鳴というべきか・・・
するとまあ必ず初対面の方というものにお会いし、必然的にいい大人にもなると
“どんなお仕事をされているのですか?”ってな展開になる。
ようやく“カイロプラクティック”や“整体”という言葉自体が世間に浸透してきたおかげで、ある程度は『五反田でカイロプラクティックの治療院をやっております』のフレーズで事足りるのだが、問題はその先の展開だ。
『カイロプラクティックってどんなことするんですか?』
当たり前と言えば当たり前だが、利用する側にとって一番知りたいのはその部分になる。
実は昨年あたりまで私はお酒の席などでのこの手の展開がなんとも言えず苦手だったのだ。
もちろん自分のしている仕事に誇りは持っているし、後ろ指さされるようなマネなどしちゃいない。
まあ、他人の尻の筋肉に指をさすようなマネはしているわけだが・・・
(こういうこと言うから話がややこしくなるんですよね)
それはおそらく自分の頭の中で勝手に“ひとそれぞれ身体が違うからうまく説明できないなぁ”と思い込んでいたからなんだと思う。
しかしこの一年の経験を経て感じるのは
“ひとそれぞれの身体の違いはあまりないんじゃないか”ということだ。
“ひとそれぞれ身長やら筋肉の質やら全然違うだろう”と皆さん思うであろうがそれはもちろんそうなのだが、もう少しわかりやすく言うと
“ひとそれぞれの骨格や体質などの身体のパーツの違いが、症状やコンディションの差に影響しない”ということなのだ。
でも実際問題、まったくもってひとそれぞれ症状というものは違う。それは事実だ。
ではその差を生み出しているのは何なのか・・・
それがつまり“どういう刺激を受けてきたか”という経験の差というか違いなんだと思う。これは別に運動して筋肉に刺激を受けるというだけの話ではない。
じっとしていて刺激がなかったという刺激もあるし、“以前にこういうことを言われた”や“なんかのテレビでやっていた”などの聴覚や視覚刺激も同じである。
つまりは肩こりで悩む人に対してと、肩こり知らずの人に対してではおのずと肩こりの説明のしかたが変わってくるのだ。そこに一般論はないのだ。
呑み会の途中、携帯電話が鳴り、
『今日の忘年会の場所の○○ってお店どこか教えて?』
と遅れて来る者に聞かれた時になんと答えるか・・・
そう、
『つうか今おまえどこにいるんだよ?』となる。
当たり前だがそうなのだ。今呑んでいるお店の説明をしても仕方がない。問題は今迷っている人が今どこにいるかをきちんと確認して、それから目的地までの案内を説明してあげればいいのだ。今いる現在地と目的地が両方はっきりすれば人は迷わない。
これはある意味身体の悩みでも同じこと。皆どこかしら迷っているからこそ誰かに何かを聞くわけだが、目的地であるところはだれでもわかっているはずだ。
“今ある痛みがなくなること”や“身体に対する不安がなくなる”などなど、つまりは“健康”になりたいという部分。
だが皆さん何に迷っているかといえば、現在地である今の自分の身体のコンディションなのだ。
ひとそれぞれ本当に違うのは現在地であるスタート地点。それを確認し、目的地に向かうための手助けをする。
カイロプラクティックの治療院はそのための場所であっていいのではないかと思う年末ぎりぎりの今日この頃である・・・
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