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2006年12月

# 60  『 2006年終わりの言葉 』  

ある患者さんとの何気ない会話のやりとり。
 院長 『1+1はいくつになると思いますか?』
患者さん「そりゃあ当然こたえは2でしょ」
 院長 『いやいや実は答えは3でも4でも100でもあるんですよ』
患者さん「なにそれ、ナゾナゾかなんかですか」
 院長 『いやいや、普通の人間の返答ですよ。なぜだと思いますか?』
患者さん「意味わかんないな~、だって1+1の答えはどうしたって“2”でしょ」
 院長 『それは間違いないですね。絶対ですよ。』
患者さん「じゃあなぜ答えが“3でも4でも100でもなるのですか?」

『それはね、人間は“ウソ”をつく生き物だからですよ・・・』

さて、記念すべき連載60回目。そして2006年最後のコラムもまた意味不明な文章で始まりました。
どうも、新年お正月に引越し予定の院長の成木海次郎です。
いやいや今年も1年、世の中いろいろなことが起きました。もちろんこの治療院でもいろんな出来事がありました。
でも、なんとなく“明るい話題”の印象よりもどちらかというと“暗い話題”といいますか、不安を煽られるような印象が残る年末の今日このごろですが。
実際、あまり年が明ける感じがピンとこない方も多いのではないだろうか。気候天候の影響も無いとは言えまい。

その中で我々カイロプラクティックも含まれる補完代替医療というジャンル(いわゆる病院で行われる現代医学・主流医学に含まれない医療)の存在がより世の中的に身近になった1年だったと思う。
“補完代替医療”と言われてもいまいちピンとこないかもしれないので例にあげると、カイロプラクティックや整体、鍼灸の有名どころを筆頭に、アロマセラピーやタラソセラピー、ハーブ療法やサプリメント療法、そして最近増えつつある某テレビ番組よろしくスピリチュアルヒーリングやイメージ療法、各種カウンセリング療法などなど、どちらかと言うと“心のケア”を主に対応するものまで実に幅広く含まれるのだ。
この年末年始に医療系のバラエティー番組(あえてバラエティーと表記しておきますよ)がテレビで多数放送される予定なのだがそれを考えてみてもニーズへのマッチなのか、漠然と皆さん身体に対して不安を感じているような気がしてならない。
病院での医療に限らず、身体をより良くしていく為にさまざまな療法が生み出され、
そしてその療法ごとに独自の理屈・理論が出来上がっていく。
いわゆる“ルール”が出来上がっていく。
しかし、その“ルール”というものはもちろん各療法ごとにあっていいと思うし、むしろなければならないのかもしれない。
そうでなければ患者さんに対して説明も出来なければ対応も出来なくなる。
ただ、最近私がその流れに不安というか危機感を感じていることがある。なにか大事なことを忘れているような気がしてならない。
単純な話だが“ルール”は何も療法側、施術する側にばかりあるわけではない。
患者さん側にも、その人ひとりひとり本人にも“ルール”というものが存在している。
だからいくら“ルール”通りに対応・施術しても、その人の“ルール”を破ってしまってはなんの効果も表れないのだ。
そのためには我々、施術を行う側は、きちんと患者さんに対してそのひと本人の“ルール”の確認をしなければならないし、
逆に施術を受ける患者さん側は自分の“ルール”をしっかりと確認しておく必要性があると思う。
この自分の“ルール”を確かめるのは、本もテレビも、ましてやインターネット検索したって確かめようがない。
自分自身の感覚の確認作業だ。

ここで“ルール”と大きく述べたが、今回年末最後で大袈裟なことを言うが、
だいぶ忘れがちだがこの地球にだってその“ルール”というものはある。寝ても起きてても、金持ちでもニートでも、みんなみんなに適応される共通の地球の“ルール”。

それは“重力”の存在だ。
なにもしていなくても誰でも人は下に下に引っ張られるのだ。それが嫌ならがそれに逆らう為の力が必要になる。
それが誰もが持ち合わせている能力、筋力なのだ。
だからこそ“なにもしない”“なにも意識しない”と人は地球に引っ張られる。地球に逆らう意識、要は“上へ上へと伸びてく”意識は絶対不可欠なのだ。私自身、今年の途中から“患者さんを伸ばす”意識イメージを持って施術を行ってきた。
シンプルに言えば、人の身体の歪みやズレだって上に伸ばせばまっすぐなるものだ。
なんだか頭の悪い子みたいなことを年末最後に言いますが、みなさん来年はぜひ地球に逆らっていきましょう!!

地球の重力に魂を引っ張られてはダメだ。
素直にならなくていいのです、従わず逆らう意識。
それこそが“良いお年を”実現させるための大事な一歩になるはずです。
今年も一年、皆様ありがとうございました。新年は5日金曜から通常通り再開いたします。

それでは今年の最後はこのコトバで今年の院長コラムを締めくくりたいと思います。

この道をいけばどうなるものか
危ぶむなかれ 
危ぶめば道はなし
踏み出せばその一歩が道となり
その一足が道となる
迷わず行けよ
行けばわかるさ
        
――― 一休宗純(禅僧)

来年もいくぞー!!!
皆さま、良いお年を・・・
院長 成木海次郎

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# 59  『ひとそれぞれ』

どうも、先日ついにノロウイルスにかかったのかと思っていたら、ただの呑みすぎだったことに気付いてある意味落ち込んだ
大川カイロプラクティックセンター院長の成木海次郎です。はい。
さて、そのせいというわけでもないが、師走のこの時期は何かと“忘年会”なるものの存在のせいでいろんなお酒の席にお呼ばれする機会が多くなる。仕事柄、いろんな人に出会っていくのに比例するかのようにその席の数も増えていく。
まあうれしい悲鳴というべきか・・・
するとまあ必ず初対面の方というものにお会いし、必然的にいい大人にもなると
“どんなお仕事をされているのですか?”ってな展開になる。
ようやく“カイロプラクティック”や“整体”という言葉自体が世間に浸透してきたおかげで、ある程度は『五反田でカイロプラクティックの治療院をやっております』のフレーズで事足りるのだが、問題はその先の展開だ。

『カイロプラクティックってどんなことするんですか?』

当たり前と言えば当たり前だが、利用する側にとって一番知りたいのはその部分になる。
実は昨年あたりまで私はお酒の席などでのこの手の展開がなんとも言えず苦手だったのだ。
もちろん自分のしている仕事に誇りは持っているし、後ろ指さされるようなマネなどしちゃいない。

まあ、他人の尻の筋肉に指をさすようなマネはしているわけだが・・・
(こういうこと言うから話がややこしくなるんですよね)

それはおそらく自分の頭の中で勝手に“ひとそれぞれ身体が違うからうまく説明できないなぁ”と思い込んでいたからなんだと思う。
しかしこの一年の経験を経て感じるのは
“ひとそれぞれの身体の違いはあまりないんじゃないか”ということだ。

“ひとそれぞれ身長やら筋肉の質やら全然違うだろう”と皆さん思うであろうがそれはもちろんそうなのだが、もう少しわかりやすく言うと
“ひとそれぞれの骨格や体質などの身体のパーツの違いが、症状やコンディションの差に影響しない”ということなのだ。

でも実際問題、まったくもってひとそれぞれ症状というものは違う。それは事実だ。
ではその差を生み出しているのは何なのか・・・

それがつまり“どういう刺激を受けてきたか”という経験の差というか違いなんだと思う。これは別に運動して筋肉に刺激を受けるというだけの話ではない。
じっとしていて刺激がなかったという刺激もあるし、“以前にこういうことを言われた”や“なんかのテレビでやっていた”などの聴覚や視覚刺激も同じである。
つまりは肩こりで悩む人に対してと、肩こり知らずの人に対してではおのずと肩こりの説明のしかたが変わってくるのだ。そこに一般論はないのだ。

呑み会の途中、携帯電話が鳴り、
『今日の忘年会の場所の○○ってお店どこか教えて?』
と遅れて来る者に聞かれた時になんと答えるか・・・
そう、
『つうか今おまえどこにいるんだよ?』となる。
当たり前だがそうなのだ。今呑んでいるお店の説明をしても仕方がない。問題は今迷っている人が今どこにいるかをきちんと確認して、それから目的地までの案内を説明してあげればいいのだ。今いる現在地と目的地が両方はっきりすれば人は迷わない。

これはある意味身体の悩みでも同じこと。皆どこかしら迷っているからこそ誰かに何かを聞くわけだが、目的地であるところはだれでもわかっているはずだ。
“今ある痛みがなくなること”や“身体に対する不安がなくなる”などなど、つまりは“健康”になりたいという部分。
だが皆さん何に迷っているかといえば、現在地である今の自分の身体のコンディションなのだ。
ひとそれぞれ本当に違うのは現在地であるスタート地点。それを確認し、目的地に向かうための手助けをする。
カイロプラクティックの治療院はそのための場所であっていいのではないかと思う年末ぎりぎりの今日この頃である・・・
    

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