# 57 『 もやし 』
けっきょく、自分の為の夏休みのないまま今年の夏が終わってしまった院長の成木海次郎です。
さて、まともや意味不明なタイトル。だからと言ってけして、うちのスタッフの“もやしっ子ちゃん”達の話ではなく、人間の先入観のお話。
先日、私自身も卒業した母校『大川カイロプラクティック専門学院』にてセミナーを行う機会があった。私も随分偉くなったものだと思いつつも、
向上心のある未来のカイロプラクターの方々に色々とアドバイスができればと思い引き受けたのだった。
セミナーの内容自体はともかく、人に何かしらの情報伝達をする上で一番ネックになるのがこれ“先入観”。むしろ一般的に“常識”と言われるものが大きな壁として立ちはだかるのだ。
私自身、昔っから思っていたことだし、特に今回セミナーというものを初体験してより感じたことなのだが、得てして“医療・医学の世界”や“人間の身体”の世界というものは独特の雰囲気がすでに存在している。
実際のところがどうなのかという問題はさておき、『お医者さんは偉い』的イメージや『人間の身体は不思議』風なイメージはどうしても存在している。
ここででてくるのが先ほども出たフレーズであるところの“常識”というものの存在なのだが、そもそもこの“常識”と世間一般で言われているもの自体、はなっからいい加減な可能性が高い。
この“常識”を説明するのに、医学的なものを題材にするとそれこそわけのわからない事になりかねないので、今回はその“常識”にまつわる私のくだらない体験談を披露しよう。
そもそも“常識”なんてぇものは、情報量・経験量の数の多い“大人”が創り出す場合がほとんど。そんな情報量・経験量の無い子供にとってみれば、“親から提供される情報がすべて常識”という図式が成立するのだ。
それが正しいのか正しくないかは関係なくだ。
これが“常識”の恐ろしいところなのだ。
振り返ると我が家では、毎朝出される朝食のレギュラーメンバーのラインナップの中に、『ホットドック』という存在がいた。だいたい月に1度ぐらいのペースで登場していたので割りと馴染みのメニューのひとつであった。
これはさして珍しい事でもないこと、なにも問題はないのだが、本当に問題なのはその中身だ。
読者にも質問だが、『ホットドック』の中身と言えば?と聞かれたら何を思い浮かべるであろうか・・・
コッペパン(これは公用語なのでしょうか?)に、縦の切れ目を入れたところにソーセージを入れる。うんうん、そうそれはそう間違いない。
では、そのソーセージの下に何を敷くのかが問題。
レタス? いやいやいや・・・
キャベツの千切り? 違う違う・・・
“もやしを炒めたやつでしょう”
そうなのですよ。我が家ではなぜか『ホットドック』というものは“パンにソーセージともやしがはさんであるもの”なのだ。
もちろん今ではそれが我が家だけのものであることもよくわかるし、よその家ではそんなものは出てきやしないのも当然だ・・・
が、当時の私にとっての常識・当たり前というのは
“『ホットドック』という食べ物はパンにソーセージともやしがはさんであるもの”ということのみなのだ。他にはなにもない。
ここで問題なのは、提供者である母親からきちんとした『ホットドック』という食べ物の説明がなかった事。
また、あくまで“もやし”が入っているのは我が家だけの特別なことであり、けしてその他の家庭では同様の提供のされかたはしていないという情報がない事。
そして一番の問題というか誤算が以外に『ホットドック』に“もやし”が入っていると美味い、という点だ。
なもんだから我が家では、兄も父親もそろって『ホットドック』にかぶりつくと、ちょろっと“もやし”がはみ出てるなんて光景が日曜の定番みたいなもんだったのだ。
そんなこんなで偏った、誤った常識を抱きつつ、少年もやがて大人になっていくのだが・・・
そんなある日、歴史が動く日が訪れた。
小学校6年生の時の遠足で、クラスみんなで夢の国、東京ディズニーランドに行った時に悲劇は起きた。
遠足とは言えさすがは東京ディズニーランド、小学生が踊らされるのなど赤子の手を捻るが如し。もう夢見心地ですよ。
しかし夢気分もさすがに空腹には耐えられないもの。お昼頃になるとさすがにみなおなかが空いてきた。
しかし、そこは天下の東京ディズニーランド、大抵のものが夢の国価格。横浜の田舎町から来た小学生の財力ではとてもとても手がでない。
すると一緒の行動班の女の子が、「売店みたいなところで“ホットドック”でも買ってきてみんなで食べようよ!!」と提案してきた。
ふむふむ、女子というものは随分と頭が切れる存在だなぁと感心しつつその案に賛成した。さっそく数人の女子が我々男子分もまとめて購入しに行ってくれた。
待つこと数分、女子達が戻ってきて私に『ホットドック』を手渡してくれた、そう“もやし”抜きの『ホットドック』を・・・
一目見るなり私は憤慨した。いくらなんでも、夢の国だからってやっていいことと悪いことがある。まがりなりにも小学生とは言えお金を払っている以上、きちんとしたお客さんなはずだ。
にもかかわらず、よりによって
“もやし”を入れ忘れた『ホットドック』を売りつけるなんて!!!
頭にきた私はみんなに向かって「今から“もやし”をきちんと入れなおしてもらいに文句言いに行くから買った場所まで案内してくれ!!」と言い放ってるときにはもう何人か口にしてしまっていた。
「なにしてんだ!!“もやし”入ってないのに食べるなよ!!」
もう、このあたりからだいぶみんなとの温度差は感じていたのだが・・・
だって寿司頼んでシャリだけきたら怒るでしょ?
ハンバーガーに肉挟まってなければ怒るでしょ?
その時の僕の中の常識は『ホットドック』というものは“パンにソーセージともやしがはさんであるもの”だったのだ。
常識というものは本当に怖いものです。一度それがインプットされてしまうと人間は考えることを放棄してしまうのです。
思考回路が止まっているからこそ安易に信じてしまうのです。
そして知らないということもまたしかり。
あらゆる物事、比較するものがないと駄目なのだ。そして、きちんとまわりの情報も入手する姿勢も大事。
その後、クラス中を大爆笑の渦に巻き込み、我が家の『ホットドック』は伝説となった・・・
そしてその瞬間、常識や思い込みというものの恐ろしさを知った少年はやがて、『物事をまっすぐ見ない大人』へと成長したのであった・・・
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