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2006年8月

# 56 『 伝言ゲーム 』

さすがに野球にあまり関心のない私でも、今年の甲子園は観ていて盛り上がりましたね。
『熱く、闘う』とはまさしくああいうものを言うのだと改めて思いました院長の成木海次郎です。
先日、いつものように治療院の電話が鳴った。あまり特別な事がない限り私に取り次がれることはないのだが、その電話はあっさりと子機が私の手元にやってきた。
用件を聞いてみると、

『そちらに英語が話せる方はいらっしゃいますか?』

ときたもんだ。これは非常に難しい問題である。
そりゃあ人間、島国で生まれて育ったとはいえ28年ぐらい生きてりゃ異国のコトバのひとつやふたつは話せると言えば話せる。ただ、どうにもこうにもそんな次元の話ではないこともこれまた明確だ。
とは言え、実際なところ、現在も数人の外国の方の患者さんはいらっしゃっているが、こんなところで見栄をはってもしかたがない。
正直に『えーっとですね、できれば通訳的な方が一緒にいらしていただけるのが確実なのですが・・・』
すると向こうも『では、私が同行します』と快諾してくれた。それは何より、大助かりだ。
よく“海外に行くと身振り手振りでけっこういけるよ!!”的な発言を耳にするが、
私は生まれてこのかたこの島国から出たこともなければ、施術が始まれば患者さんはベットにうつ伏せになるわけだから、まさにお手上げ状態。
通訳さんがいて困る事はなにひとつないのだ。

そうこうしている間に予約の時間がきた。来た、と思ったらもうそりゃあもう見た瞬間からすぐにわかる腰痛状態。国は違えど腰が痛いときの様子は全世界共通。そこに国境はない。
しかし、これはなかなかやっかいな状況だ。いわゆる急性腰痛、みなさんが思い浮かべるところの“ぎっくり腰”だ。
“ぎっくり腰”に限らず腰痛の場合、必ずいくつか問診にてきちんと確認しなければいけないことがある。そういくつもあるわけではないので皆さんも腰痛の際には参考にしてほしいですが、

①まずは、事故や怪我の有無。
これはもう当然といえば当然。外傷です。
ちなみに補足しておきますが過去に一度でもありますか?という意味ではない。ほんと今さっき高所から転落したとか車で追突されたとかいうレベル。外傷によるパーツの損傷、これは我々カイロプラクティックには手の出しようがないですし、普通そういう人は病院いきますよね・・・

②腰痛発症年齢が55歳以上で、それまでに腰痛経験が一度もない悪性腫瘍の病歴のある方かどうかの確認、です。長いですね。
これもきちんと補足しておきますが、悪性腫瘍とかわけわかんない言葉が出てきたぞ、と思うでしょうが実はこれ“背骨の癌”、『脊髄腫瘍』かどうかの判断なのです。
もちろんそもそもその確率は非常に少ないです。そして脊髄腫瘍はほとんどが転移によるものなので、過去に悪性腫瘍の病歴の無いかたならなにひとつ問題ないです。

③腰の痛みに強弱があるかないか、ということ。腰の痛みが楽になる姿勢などなく、動作や時間帯に関係なく
(朝寝起きが痛いとか、靴下を履くときが痛い)痛みが一定である場合はきちんとした医療機関にて内臓疾患の検査の必要があります。

大まかに言えば上記のものに該当しない腰痛であるならば危険なものではないという判断ができるのです。
なのでさっそく通訳の方を通して問診を始める。患者さんは男性の方だったが、通訳の方のお陰で、いわゆる危険な可能性のある腰痛ではないことがきちんと確認できた。
これでこちらも安心である。もしこれで通訳の方がいらっしゃらなければ、辞書を引きつつ問診するか、未来デパートに行って“翻訳こんにゃく”を購入するまで待つかのふたつにひとつであった。
戯言はさておき、そうなるともうひとつ施術に入る前にきちんと伝えなければならないことがある。
おそらくこれが腰痛治療の上で一番重要になってくるのだが、それは

『基本的に“安静にしてはいけない”』

ということなのだ。
言い方を補足するならば、痛みがひどすぎて身動きひとつとれない状況以外では、安静にせず、通常の日常生活を継続することが大切です、と説明することなのだ。
だからってなにも無理矢理動かせと言っているわけではない。あくまで目標は、がんばって日常生活を継続することなのだ。ここで一番大切なのは腰痛に対する恐怖感を下げることだ。
腰が痛い真っ最中の人は、“なぜ腰が痛いのかよくわからないから怖いので、よけい痛い”のだ。
そんなもの、じっとしてたって変わるもんじゃあないし、日常生活して壊れるほど人間の身体は弱くなどない。
なので、施術に入る前に通訳さんに『基本的に危険な腰痛ではなく、筋肉疲労的なタイプの腰痛ですので2~3日で少なくとも今の痛みのレベルは下がっていきます。
ですので、その間は基本的に“安静にはしない”ようにしてください、と伝えてもらえますか?』
すると、今までは普通に通訳してくれていたのに、『えぇっ?こんなに痛がっているのに“安静にしなくて平気なんですか?”』と訳すどころか逆に私に意見をしてきた。
ちょっと、ちょっとちょっと。
あなたの役目は通訳でしょ?なんで持論を展開しちゃってるの?と思ったがそう思うのも無理もない。
通訳さん自身、腰痛の経験がないらしいし、どうしても人間は痛い部分をかばい、守ろうとしてしまうもの。自己防衛本能とはすごいものだ。
これはまず、通訳さんの方からきちんとした説明をしなければならない。ここが言葉の伝達の怖く難しいところだ。
もしこれで、通訳さんに対して改めて説明することなく無理やり訳して伝えさせたところで、言葉の意味的な部分は訳され相手の耳に入るかもしれないが、それと同時に“不安”という感情も相手には伝ってしまう。
これ単純な図式。そこでまず通訳の方に、この場合の腰痛に対して安静にすることの必要の無さを話し、動かしていくほうが血液循環を自ら促し、回復を早めることができるのを説明した。
ようやく通訳の方も納得してくれ、きちんと伝えてもらいたいことが患者さんに伝わり事なきを得たのだった・・・ 

今回の話、これ異国・異言語通しのやりとりだからこそわかりやすい図式になって現れたが、これ別段日本人通しでも同じことが言えるし、ひょっとしたら日本人通しの方がやっかいかもしれない。
伝わらない、と思うからこそ必死に言葉を選び話すものだが、
“日本語なんだからわかるでしょ”ぐらいの気持ちで話してしまったら、別のまったく関係の無いものが伝わっているかもしれないのだ。

そして、わかっちゃいるのだが、またもやこんなにも長々と書いてしまったが、これはこれで中々うまくは伝わらないものなんだよなぁ・・・

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# 55  『 何をもってして“休み”とするのか・・・? 』

ようやくこの街にも人々が帰ってきた・・・
中途半端なオフィス街、五反田。
どうもこんにちは、ここ3日間昼食を食べるところが軒並み休みで困っていた院長の成木海次郎です。
なんだかんだ言ってもまだまだこの国では、8月のお盆の時期に夏休みをとる人は多い。
別に好きでこの時期にとるわけではないのであろうが、お客さんやら関連会社が休むので仕方なしに、という人も少なくないのでは・・・
学生の坊ちゃん嬢ちゃん連中は長々とした夏休み期間なのだろうが、そもそもこの“休み”というもの、
簡単に言えば『学校に通っている人ならば学校に行かない』という状態であり、会社に行って働いている人にしたら『会社にいかない』という状態である。
これは別に普通のこと。なんら議論の余地はないであろう。では今度はもう少し短いサイクルで考えてみよう。一日のサイクルでみても夜寝て休むのも、
『起きている間見たり聞いたりと使っている脳の働きを一度停止して情報の整理に勤めている時間』とかそういう状態であるのだろう“脳を休ませる”ということは。
まあ、さながらパソコンで言えば“ディスクデフラグ”とか“ディスククリーンアップ”みたいなものなのであろう。
ここでちょっと“休み”というものの見方を変えてみると『いつもとは違う状態であるのが“休み”』という捉え方もできる。
なので、このお盆休みに、会社に行かない働かないのはまったくもって“休み”である。間違いない。
だが、ここでその焦点を“身体”においてみてみよう。仮に、いつもの状況というのが『一日中、イスに座って筋肉を“身体を動かす”という使い方ではなく“身体を固定して支える”という使い方が多い』という状況の人がいるとする。そうすると、その人にとっての“いつもとは違う状況”というものはのんびりと部屋でくつろぐということにはならないはず。きちんと身体に対して“休み”を与えたいのならガンガン動かしてあげなければならないはずだ。
これはもうある意味ルールみたいなもの。
だからと言って、なにも私が言いたいのは
『“休み”の日に運動しなさい!!』なんていう小学生の先生みたいなことが言いたいわけではない。
お盆休み明けの人に伝えておきたいのは、『いつも身体をあまり動かさない人が“休み”中もまたあまり身体を動かさないでいたら、それはいつもと同じように“疲れる”ということですよ・・・』ということ。
これはもうルール。身体のルールです。
佐川急便に勤めていて普段走り回っている人が、“休み”の日も意味無く台車押しながら走っていたらそれはだだのオーバーワーク、疲れます。それと同じ図式。

『なにもしていないのに疲れた・・・』というのを本気で悩み、心配する人が多いですが、それは勘違いです。
もし仮に『身体の取り扱い説明書』があればだいたい1ページ目か2ページ目あたりに書いてあるはずです。

“人間の身体は、動かさないと正常に機能しません”とね。

『なにもしていないのに疲れた』のではなく『何もしていないから疲れた』のですよ・・・      

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# 54 『 ケド戦記 』

どうも、梅雨明けして日々異常な暑さに悩まされておりますが、皆さんいかがお過ごしでしょうか?
こんにちは、久しぶり通常執筆の院長の成木海次郎です。
今回のタイトル、もちろん誤字ではありません。意図的です。
そしてこれまたもちろんですが、某映画の批評なんて関係ありません。
私は映画の世界は捨てましたから・・・いや、捨てられたのは私の方ですね・・・
今回は口癖のお話。

先日、スタッフの夏休みの為、休日出勤した時の事。
その日は、当たり前だが普段は私は休みなので私が担当している患者さんも普段は来院しない日。なもんだからいつものような忙しさはない。別のスタッフが患者さんに対応している間、院内で黙っている自分・・・慣れない・・・
それこそ普段は本当に朝から晩まで、患者さんの話を聞き、そしてこちらからも話をしているのだなぁと我ながら関心していた。
そう、そして最近やたらと気にかかる患者さんの口癖を思い出した。
本当に何気ないフレーズなのだがそれは、

『・・・・・しようと思ったんです “けど” 』
とか、

『・・・・・いいなぁとは思うんです “けど” 』

などなど、とにかく皆さん本当に意識してるわけではないのでしょうがこの“けど”がやたらと多い気がするのだ。
そう思い、その日もスタッフと患者さんの会話のやりとりに耳を傾けてみると・・・出るわ出るわのじゃんじゃん横丁ですよ。よく聞けばうちのスタッフも言っている始末・・・
まあもちろん、私自身が意識して聞いてしまっているからこそ“けど”に対するセンサーの感度が上がっているからなのであろう、もう日常だろうがなんだろうがこの“けど”に反応してしまうのだ。
さて、その問題の“けど”だが、一応日本語的には接続助詞『けれども』の簡略版として使用されているのだろうが、日本語的なものはさておき、皆さんが生きていく上でこの“けど”に対する意識を上げるだけで大きく自分を変えられるような気がしてならない。
例えば、よく患者さんでも多いのですが、運動不足や不規則な生活によりお腹のお肉が気になりだしたのでダイエットをしたいと思い立つ。
だが、その割には「夜ご飯を少なくしようと思ってたんです“けど”つい食べちゃいました・・・」とか「休みの日に早起きして運動しようと思ってたんです“けど”起きたらもう昼過ぎだったんですよ・・・」
等のセリフで終わってしまう場合が非常に多い。少なからず私自身も身に覚えのある話だが・・・
じゃあ、この場合効果的なダイエットをする為に必要なのものはなんなのか・・・?
ダイエット本?
はたまた山手線に乗るとやたらと見せ付けられる例のアレとか?

否。
もっと大事なことは
『“けど”の前のフレーズの部分を実行する』ということだ。
それが一番難しいんだよ。と、つっこまれそうですが、それはもちろんわかりますが。要は何が言いたいかといえば、人間、自分を変えるのは以外に簡単だということ。
先ほどの例で言えば、夜ご飯を調整し、休日に今までにはなかった運動をして活動量を増やせば理論上は必ず減るものは減るはずだ。
ただ、そこは人間の身体。始めてすぐに効果などでるはずがない。時間はかかる。そこでまたお得意の“けど”が出てきて「やってみた“けど”効果なかったよ」とか言ってしまいそうだが、厳しいことを言えば効果が出てないのだからやってないのだ。やったつもりになっているだけ。
だが、これとは反対に、成功した人やうまくいっている人も実はこの“けど”をよく使っているのだ。
『平日は毎晩終電まで仕事びっちりだった“けど”日曜にフットサル行ったらすっきりしたよ』
『なんとなく身体だるかったから家にいようかと思った“けど”買い物に出かけたらいい服見つけちゃった・・・』
まったくもって日本語としては同じ使い方。ただその使う意識に差がでている。
とくに腰痛や肩こりなどの我々が日々携わる症状に関してもそうなのだが、症状の改善の目安として私は患者さんの使うこの“けど”に注目する。
改善した人は驚くほどこの“けど”をプラスに使う。逆はまたしかり、長年症状に悩まされている方は“けど”をマイナスな使い方をしてしまっている。
卵が先かヒヨコが先かはわからんが、別段この“けど”を自分で意識して行動するのにお金はかからないし時間もとられるわけではないから皆さんもぜひやってみてもらいたい、この『“けど”意識向上&改革』

いろいろな事がうまくいっていないと感じている人ほど無意識にこの“けど”をマイナスな使い方をしているはず。変え方は簡単、“けど”をプラスに使うのだ。実際に行動を変えるよりも前に“けど”の使い方を変えるだけでいい。
『やろうと思った“けど”忙しくてできなかった』を『忙しかった“けど”がんばってやってみたら・・・』に変えればいいだけ。PC上なら2秒でできたよ。
なんだか今回は説教くさい文になったがそのついでに、最近私が衝撃を受けたダニエル・ホワイトサイドとかいうおっさんの一言引用。

『人生を変えるのに必要な時間は、短くて1秒、長くて3秒。
平均2秒もあれば十分だ』

このおっさん、なかなかするどい事言うなぁ・・・
だそうです皆さん、3秒あればいけるそうです。





ほらここでまた、
『・・・“けど” そんなに人間うまくはいかないよ』とか思わないように。         

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