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2005年9月

#40 手洗所

先日、例のごとくスタッフと仕事明けに呑みにいった帰りに五反田で、こないだボブサップを倒した「チェホンマン」選手がランニングしているのを見た。
あんなでっかい体の人が患者さんで来たら料金倍ぐらいとってもいいはずだよなぁ・・・としみじみ思う院長の成木です。
最近は日経アソシエぐらいのペースで更新しております。

さて、先日新聞かなんかで
『殺菌用手洗い石鹸は好ましくない』的な記事があったのがスタッフ内で話題になった。
要は、通常の石鹸だろうが殺菌石鹸だろうが、皮膚常在菌まで殺してしまい、その結果、皮膚常在菌がいなくなれば皮膚の弱酸性は保たれなくなりさまざまな好ましくない細菌(病原菌)が入り込んでその人の健康にも害が出ると・・・
そのような内容である。
それに伴い、私は長年疑問に思っていることをスタッフに聞いてみた。それは、

『トイレの後に手を洗う必要性はあるのか』

ということ。
その流れではっきり言ってしまったが、
私はトイレの後に手を洗ってはいない。

いやいやいや、誤解の無いように言いますが、これはあくまでプライベートな日の話ですよ。仕事の日は洗っています。
それは本当です。
ただ、仕事の日にトイレ後、手を洗うのははっきり言ってこれも
自分の為ではなく、『触れられる患者さんが不快な思いをしないため』である。
そもそも、私だって、手に汗をかいたり実際に物理的に何かが手のひらに付着したら(ケチャップとかね)洗いますよ。
だけれども、ただ単純にトイレで用を済ませたら必ず手を洗うというルールはどうも納得がいかない。
それでも根は小心者な分、初期の頃のデート時などは指先だけちょびっと濡らしたり、ひどい時などは蛇口をひねって水だけ出してなんとなく、私は手を洗いましたよ的な雰囲気だけ演出したりもする。
これ、けっこう同様の経験がある者も少なくないのではないかとにらんでいる。
『汚れ』と書いて“ヨゴレ”と読むか“ケガレ”と読むか・・・
気持ちひとつだとは思いますが、事実洗いすぎるのもよくないわけだし。
とはいえ、いい歳なんだから手ぐらい洗いなさいと、スタッフが怒る気持ちもわからなくはないがね・・・

子供の頃あった「3秒ルール」(食べ物を地面に落としても3秒以内なら汚くないと言われていた伝説的ローカル・ルール)
、当時5秒後に食べてクラス中から非難の嵐をくらった経験が、いまだに手を洗わない反骨精神を生み出したのであろうか・・・
真相は定かではない。

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#39 気のせい?

先日、『カラダ年齢測定』なるものを行ってみたところ、
はっきりと“33歳”という結果がでました。
思わず中日ドラゴンズ時代の星野監督ばりにスポーツクラブのスタッフのお姉さんに抗議してしまいましたよ・・・
こういう大人げないところは実年齢より若いんだろうなぁ、としみじみ思う今日この頃の院長の成木です。

最近ようやくこのコラムを更新しない事へのつっこみが落ち着いてきましたが、時代はどうやら真逆をいってるらしく(むしろ私が時代の逆をいってるでしょうが)、
最近、「ブログ依存症」なるものが流行っているらしい。
とにかく毎日更新しなければならないという事にとらわれてしまい、ひどい人だと仕事も手につかず私生活にまで影響を及ぼし、パソコンの前から離れなくなる・・・
といった類のものらしい。

おっと、自分が更新しない言い訳か?
と思った方、いい勘してますねぇ。でも別段そんなことではなくて今回言いたいのは「病名のマジック」

どうも、ある症状やら現象に名前がついたとたんにやたらと蔓延する傾向が最近やたらとある気がする。そしてそれに悩まされ苦しむと訴えるひとがあっちからこっちから沸いてくる。
これ別にネットがらみに限った話ではない、たとえば昨年あたりからやたら多い「熱中症」これなんかもそうなのではないか。
変な話、我々?が子供のころに「熱中症」になった人は1人もいなかったはずだ。だってそんな言葉がなかったのだからなるわけがない。逆になってたのは「日射病」だろう。
もうひとつぐらい例にだせば「花粉症」なんかもそうじゃないかなと思う。もちろん杉の数が増えたとか、「熱中症」もそうだが気候の変化など原因になりうるような事柄は増えてはいるのであろうが、それにしてもこの爆発的は増加はおかしな気がしてならない。
そんな中、ある本にこんなことが書いてあった。
イギリスの医学雑誌に載った論文なのだが、私自身読んでびっくりした。
ちょっとトリビア風に書くと

『リトアニアでは、むち打ち症の人はいない』

60へぇぐらいは獲得できそうだが、ようはこれ
そもそもリトアニアではむち打ち症という言葉自体がないらしい。そりゃあリトアニアにだって車はあるだろうし追突事故だってあるであろう。
だが、むち打ち症の概念がないとその症状の人がいないというのだ。
もちろん誤解のないように書いておくが、だからってむち打ち症の人がうそを言ってるわけではけしてないだろうし、熱中症で倒れた人だってそれは同じはず。
しかし、どうも一筋縄ではいかない何かがあるような気がしてならない。

余談だが、学生の時にみんなで心霊スポットと呼ばれていたトンネルだかに行ったことがあったが、その時、
始めは、やれ寒気がするだの気持ちが悪いだのぎゃあぎゃあ言いながらおびえていたら、地元の学生服を着た一団が平然とどころか馬鹿話で盛り上がりながら歩いているのとすれ違った時、
全員怖さのかけらもなくなり素になったのを思い出す。
同じトンネルを歩いていても、幽霊出没スポットだと思って歩くのと、単なる部活帰りの近道で歩くのだとこうも違うのだ。

その時の友人のひとこと
「なんか腹減ってきたな・・・」
みんな憮然と
「うん、そうだな・・・」
と言いつつ、なにやってるんだろうなぁ・・・俺ら
と思っていたのを思い出す。

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