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2005年3月

#32 電話にでんわー

最近、患者さんに言われたひとこと、
『あんまり長い文章は、何回かに分けて更新すれば良いじゃないですかー・・・』

ああ、そうか。そういう方法があったのか。
そうすれば、より定期的に更新しているようにも思われるし、
なによりコンパクトな方が読みやすいか・・・

ま、そんな器用なことができてりゃそもそもこんなコラムなんか書かないですけどね。
どうも、1話分が他の治療院のHPの日記の1週間分ぐらいの文字数でおなじみの院長の成木海次郎です。

とあるやりとり。
『ブーブーブー(携帯電話のマナーモードが鳴る音)ピッ』

「あ、もしもし」
「もしもしじゃねーよ!何回電話したと思ってんだよ!」
「えっ!知らないわよ、最近ぜんぜん携帯持ち歩いてなかったし、
いきなり大きな声出さないでよ!」
「うるせー!こっちはなんべん電話したりメールしたと思ってんだよ!着信履歴見てみろよ!」
「うるさいわね、今通話してんだから見れるわけないじゃない、で、なんの用なのよ?」
「なんの用?じゃねーよ!だから前から言ってることだよ、もういい加減にしろよ!」
「前に言ったこと?知らないわよ、何のこと?前からなんか言ってたっけ?」
「言ってたじゃねーだろ!俺がどんだけ気にして心配して、だから前々から注意してたんじゃねーかよ。その為に何度も電話やメールで連絡してたのによ」
「そんなこと言われたって携帯持ち歩いてなかったんだからしかたないでしょ。鳴ってるのに気がついていたら出るけど、
あっ、最近フトンの上にマナーモードのまんま投げといたからかな?全然気がつかなかったー、ゴメンゴメン。そんなに怒らないでよ、たかがそんな事ぐらいでさ」
「・・・もういいわ。お前がそういう態度ならもういい。もう俺も我慢できねーよ。もう俺はしらねーからな。心配して連絡してんのに無視されたらやってらんねーよ。
もうあとは一人で勝手にしろよな!」
『ガチャ、プープープープー・・・』

さてさて、別段これは私の私生活のやりとりじゃあないですよ。
これが、日常に例えた『身体の中で行われている、自分と筋肉とのやりとり』でございます。
そもそも“痛み”というものはなぜでるのか?
身体のある部分が痛くて痛くてどーしようもない時などはそんな事など考えられないであろうが、“痛み”とは簡単に言えば身体からのサインなのですよ。
『血液がきてないですよー』
とか
『老廃物がたまってますよー』
とか
『動いてないですよー』
とかなんとか、さまざまな身体からのサイン。まさに、上記のような心配して連絡してきてくれる彼氏のようなもの。
しかし、そんな好意?行為ですら聞く耳もたず、ぶっちぎっていたらどうなるか・・・?
そりゃ別れるどころか、逆上してストーカー行為にエスカレートしていくようなもの。もう修羅場ですよ、地獄絵図です。
皆さんも人生生きてりゃ、似たような経験あるでしょ。ないか。
とにかく、“痛み”がでるのにも意味があるのです。
なんの意味・理由もなく“痛み”がでることなどないのです。
そして、自分の身体を完全に自分と一体化しているように思われている方、つまり自分=身体、こういった考え方だと自分の身体が見えてこないと思いますよ。
女性の方なら彼氏、男性なら彼女のような意識で身体と付き合ってみてください。
いきなり別れを切り出されてもおかしくないような付き合い方してませんか?

ようは、
『最近、なんだか彼が冷たいんだよね~・・・』と
『最近、なんだか足が冷たいんだよね~・・・』は同じ事。

そりゃぼちぼち別れがくるサインでしょ?皆さん知ってるじゃないですか。
いくら携帯が鳴っても手元になければ鳴ってないのと同じ事。
大切なのは聞く耳を持つこと。
・・・まあ、人間同じ過ちを繰り返すのも知ってるんですけどね。

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#31 彼女はなぜ立ち上がれたのか!?

彼女は、ドイツの大都市フランクフルトアンマインでも1、2を争うという大金持ちのゼーゼマン家の12歳になる一人娘。
生まれてからずっと体が弱く、足が悪く車椅子での生活を送っていた。
その為、屋敷から外に出た事はなく、一日中屋敷でひっそりと暮していた。
友だちといえば可愛がっている小鳥と人形くらいしかいなかったので、たまに帰って来る父親と祖母のおばあさまが心許せる唯一の人間であった。

・・・そう、彼女の名前はクララ。皆さんご存じあのクララ。
『クララが立ったー!!』
で一世を風靡したあの彼女である。
皆さんのおぼろげな記憶の中にも彼女の名前とあのセリフは鮮明に残っているであろう。
しかし、なぜ歩けず車椅子生活だった彼女が歩けるようになったのか?
この事について真剣に考えた事はおそらくないであろう。
私も今の今までなかった。
なので今回は、おぼろげな記憶の糸をたどりつつ
人間の身体機能的側面も踏まえつつ、なぜクララが立てたのかを真剣に考えてみたいと思う。
しかしまあ、出足でつまずくような事を書くが、そもそも根本的な設定でクララがなんの病気かはわからないが(だれかご存じな方はメールでもください)その後歩いてるわけだから先天的に歩行が不可能な状態であったとは考えにくい。
ではまずクララの性格であるが、
性格なんて症状とは関係ないだろ、とつっこむ方もいるかもしれませんが、実はここ大事なとこですよ、テストにもでますよー。
思い出すとクララの性格といったら、まあ暗いですよね。
内向的というかなんというか、じっと苦しみや痛みに耐えてしまうような感じですよね。
あっけらかんとした落ち着きのないペーターと比べたら一目瞭然だ。
が、この“痛みに耐える”や“苦しみを我慢する”といった心理状態のときの筋肉、簡単に言うとストレスにさらされた筋肉の状態というのはどうなっているのか?
これ、ぐっとかってに力が入ってしまって筋肉が縮んでいる状態なのですよ。そのせいでその縮まった筋肉が血管を圧迫し血行を低下させてしまう。
そうすると、おのずと血液循環が悪くなり、老廃物が滞り疲労感は増す。
また体温、つまり熱を運んでくるのも血液循環の大事な役目のひとつ。これも低下する訳だから、これ冷え性間違いないよね。
あのアルプスで冷え性なんだから都心のワンルーム暮らしの人なんかと比べたらそれはハンパなく冷えていることだろう。
そして、もっともやっかいなのがクララの生活習慣。
車椅子での生活を余儀なくされている方もたくさんいらっしゃいますので、ここでは
『一日中座りっぱなしの生活』という観点からみていきたい。
が、“座っている”というのはどういう状態かと言えば、
立ってない、脚を使ってないと言えばそれまでなのだが、
これは皆さんが考える以上にもっとやっかいな状態で、椅子に触れている部分の筋肉が使えない状態になってしまうのだ。
あまりピンとこない人の為に、ちょっと試してもらいたいのだが、
これ(このくだらないコラムの事ですよ)を観ているわけですから
たいがい皆さん椅子に座っていると思いますが、
その状態で「おしり」と「ふともも」の筋肉に力を入れてみてください。



・・・できないでしょ?むしろ意味が分からないでしょう。
それぐらい座るという行為はおしりや脚の筋肉を使えなくさせる行為なのです。使わなければそりゃあ衰えますよね。
それと、脚の筋肉を使うという行為。これも皆さん歩くだ立つだと
それしか思いつかないかもしれませんが、もうひとつ大事なのは
『血液循環を生み出すポンプの役目』
なのですよ。心臓がドクドクいってるだけで血が全身に回ってると思っている人達、そんなんだから人体の不思議展が期間延長になってたうえに、「ふ~し~ぎ~!!」ってな具合で終わってしまうのですよ。
心臓だけでは血は全身には回りません。太股も含め、各部の筋肉が動くことで血液は全身にきちんと回るのです。

さて話をクララに戻しますが、そう考えるとクララの状態、
脚の筋肉はおちるし、より血液循環は悪くなる一方。
むくむよね、そりゃあ。
私には湯上がりに、むくんだふくらはぎを揉むクララの姿を想像してならない。
脚はむくみ、冷え、疲労感は溜まりストレスも溜まるため痛みを強く感じ、より動きたくないという心境になり動かない。
そのためまた疲れがたまり・・・その繰り返し、悪循環の完成です。
これ単純な話、こんな状態では元気なんてでないですよね。性格が暗くなって当然。
歩こう、運動しようなんて気にはならないはずです。
もうひとつ、これは機能的な話だが、歩く時に使う筋肉の使い方がわからなくなってしまうのだ。
微妙にわかりにくい表現なので補足すると、箸を使うのが右利きの人がいきなり左では使えないのと同じ。使い方自体を頭では知っていても、それを再現するためにどの筋肉をどうしていいかがわからないと動けないのだ。

しかし、そんなクララにも転機は訪れた。
ハイジとの出会いである。
ハイジと出会いによりクララは変わっていった。
何が一番の変化かというと、それまでは歩けない、歩けるわけがないとあきらめ、かってにそう思い込んでいたのが、
自分もハイジのようにこの足で立って、走り回れたらどんなに素晴らしいだろうと、そう感じるようになったのだ。
この気持ちの変化、これこそが一番大切な部分であろう。
逆に言うと、自分自身で思い込んでしまうことにより自分を止めてしまう影響力の強さ、怖さというものも感じられる。
苦しみや不安から立つ事、歩く事から逃げてしまっていた、クララ。
しかし心許せる友ハイジの根気強い励ましに支えられ、この苦しみからクララは自ら立ち直って向っていき、ついには歩けるようになったのだ。
これ、またもや本当に長々と書いてしまいましたが、我々が当院で行おうとしている図式そのものなのですよ。
皆さんはクララ役、私はハイジ。
まあ、うちにはペーター風のやつもいますが・・・
しかし、だからといって、ハイジのように患者さんに対して
「○○さんのバカ!!○○さんのいくじなし!!」
とか言い放つわけじゃあないですよ。
そのために我々は日々手技を磨き、知識を取り入れているわけですから。
全国の、お屋敷という名の職場や自宅にこもっているクララな方々、いつでもいらしてください。
きっと立ち上がれるはずですよ。
それぐらい、“思い込む力”とは怖いものなのですよ。

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